まだ寝てていいよ

思いついたことをテキトーに

こんな大きな声が出たのか

 

少し前に、自分が歌った音声を録音して聴いて、こんなに大きくはっきりとした声が出せるのかーと感心したことがあった。

 

平素、私は声が通らない。

話し声はボソボソしている。

何回も聞き返されるので、自信がなくなり余計ボソボソと話してしまう。

 

これは本題とはそんなに関係ない。

 

今日、なんだかイライラしていた。

無職で一人暮らし、イライラする要素は自宅にはない。 

 

買い物に出たスーパーで、些細なことが重なりイライラしてしまった。

例えば、私が商品を見てる最中に大きな咳払いをして私を押すように進んできた人とか(私の前にあった商品を見たかったらしい)

そんなことが重なっただけだ。

 

そのイライラのエネルギーを持ち帰ったまま、自宅の玄関のドアを開けた。

開けた瞬間に、物凄く大きな怒声が自分の口から出た。

 

それはスーパーで出会った人々への怒りではない。

さすがにその程度のイライラでは叫ばない。

だが、イライラのエネルギーが呼び水となり、私の腹の底にあった感情が溢れ出た。

 

先日まで働いていた会社への怒りと、

数日前に納得いかないことをされた、就活関連で関わっていた人への怒りだ。

 

その都度、友人や親に愚痴を聞いてもらったり、自分でも独り言でボソボソと吐いて、発散できていたつもりだった。

 

違ったようだ。

 

 

私は、ただ普通にやりたかっただけだ!

ずっと、ただ普通に、穏便に物事を運ばせたかった!!

だからいつでもできるだけ穏やかに冷静に話した!

やるべきことは黙って全部やってきた!

ぶっ壊すような、迷惑をかけるような真似はしなかった!

それなのに!!どうしてあの人たちは!!

あの人たちはあんな調子で振る舞うんだ!

私の誠実を踏みにじって平然と!

それをどうして許されると思っているんだ!

どうして私のことを最初から舐めてかかるんだ!!

何も見ようともせずに!!

許さない!!絶対に許さない!!

 

一通り叫んで、肩から力が抜けた。

なぜか生理がきた。

 

自分の中に怒りがあることはわかっているつもりだった。

こまめに発散してきたとはいえ、今後もこの怒りを持ったまま生きていくのだろうとは思っていた。

だが、こんな風に自分の予期せぬタイミングで、発露してしまうほどのものだったことに驚いた。

自分がこんなに大きな怒声が出ることにも驚いた。

 

当事者たちに向けて言える日は来ないだろう。

そもそも言えないし、言わないと決めていたから、私は今日まで溜めてしまったのだ。

 

これは、他ならぬ自分のための怒声だった。

私が、私のために叫んだのだ。

 

私はずっと踏みにじられて、軽んじられていた。

わかっていた。

そして諦めていた。

そういう役回りなのだと。

最近だけのことじゃなかったから余計。

学校に通っていた十代のころから、そんな扱いだった。

うっすら積もり続けたものが、どんどんと私の気持ちを圧死させていった。

 

怒りはパワーが要る。

そんなパワーはもうとっくに無かった。

 

違う。

私はずっと嫌だった。

 

ただ、自分も周囲も普通に穏やかに過ごせるようにと、常に考えて動いてきた。

それを平然と無かったことにされ続けた。

もう許せなかった。

 

怒声を自分で聞きながら、自分が癒されていくのも感じていた。

癒しとは遠いような、激しく大きな声だったのに。

私はまだ、こんなに大きな声で怒ることができる。

その事実に安堵したのかもしれない。