まだ寝てていいよ

思いついたことをテキトーに

四角い光が流れていく

勤めていた店からは、駅が見えた。上りと下りの電車が10分おきに行き交っている。
閉店後の店内は電気を落としていて、薄暗い。
静まり返った店内で、営業中に終わらなかったちまちまとした作業を片付けた。
大きな窓ガラスから見える電車。
乗客の顔は見えない。
もうすぐ日付も変わる頃の疲労を乗せて、あの電車は光っているんだと思った。

作業を終えて、家へ帰る。
途中コンビニに寄る。味のはっきりした肉が食べたくて、フランクフルトを買うことが多かった。
付属のケチャップとマスタードを全部かけて歩きながらかじった。
頭上を電車が走っていく。架橋の下は轟音なので、まぎれて歌ったりした。

その頃私の住んでいた部屋は足の踏み場もないほど散らかっていた。脱いだ服と食べたもののゴミで床は見えなくなっていた。無事なのはベッドの上だけで、ご飯はそこで食べた。
飲んで空になったペットボトルはベッドの下に投げる。
弁当の空も投げる。
常に室内の空気が淀む。
少しおかしくなってきているのかもしれない。
そう思っても掃除をする気は起きなかった。

眠りの浅い日が続いた。
寝入ることができない。息が苦しい。心臓の音がうるさい。

帰宅途中のコンビニでアルコールを買うことが増えた。それを家まで我慢しきれず飲んでしまうことが増えた。
人通りのなくなった路上で、酔っ払って笑いながら歩いた。
電車だけが光りながらまた頭の上を横切っていく。
終電間近の電車に、人影はいつもあまりなかったが、0の夜もなかった。
あの人たちよりは疲れていない。
そんなことを考えていた気がする。

寝入ることができず、朝がきてから仮眠をとる日が増えた。
4時を過ぎると鳥が鳴き始める。
朝日が部屋に差し込んでくる。
人の気配のしない早朝は、眠ることから取り残された私にも優しいような気がした。
考えることにも疲れてやっとまぶたが重くなる。
始発なのか点検なのか、電車の音が聞こえだす頃に眠りに落ちた。

心臓の音が一段とうるさい夜だった。
背中まで振動していた。
息も苦しい。
早くから何かの病気かと恐れて駆け込んだ病院では、健康ですよと言われた。
健康なのに、こんな音を出すのだろうか。

一睡もできず、朝を待って着替えて家を飛び出した。通勤ラッシュの頃に当たり、駅へ向かう人たちが早足で急いでいた。

何かが終わってしまうと思って、ずっと言えなかった。
「まともに眠れないんです。会社に提出するので、診断書を出してください。」
病院の先生に症状を話す。寝不足のせいか、いつになくハイで、こんなにハキハキと自分は話せたのかとびっくりするほど明るく喋った。
一通り私の話を聞いた先生は、
「会社辞めたらいいんじゃない」
とあっさり言った。

気持ちが落ち着くからと出された薬をカバンにつっこんで、その足で職場に向かった。
言えなくなってしまうのではないかと思ったが、もう辞めさせてくださいと思いの外すらりと言えた。



不思議なほどに先々の不安はなかった。
やっと終われるんだという安堵が先にあった。

帰宅し薬を早速飲んで、ベッドにねそべった。
いつぶりかに心臓は静かで、苦しさのない呼吸ができた。
開けた窓から電車が走っていく音が聞こえた。

混線したかのようにうるさかった頭の中が静かになった。
凪いだ海のような体が、ゆっくりと眠りに落ちていく。
これが私にとっての睡眠だったということを思い出す。

もう私は、この眠りを手放さなくていいんだ。

次にどこへ行っても、何をしても、もうこの眠りを手放さなくていい。
それだけははっきりと思った。



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