まだ寝てていいよ

思いついたことをテキトーに

がんばれと言い続けたキティちゃん

 

もう駄目だという局面は日常的に度々ある。本当に元気がないときはただ寝込むだけだが、余力のあるときは声に出して「がんばれ!」と独り言で気合いをいれる(主に自宅にて)

 

無意識的に言うと「がんばれがんばれ!チャッチャララ~チャッチャララ~」と言ってることが多い。今日は言いながら我にかえり、チャッチャララ~ってなんだ?と改めて思い出そうとした。

 

小二のときクリスマスプレゼントでキティちゃんの目覚まし時計をもらった。

キティちゃんは毎日休まずに私を起こした。

「ハロー!私キティ。早くお目めをあけて、一緒に遊びましょ!」

これをまず第一声として二回繰り返す。

その後大きなラッパの音とともに「がんばれがんばれ!」と繰り返す。がんばれの後に鳴っていたのがチャッチャララ~というラッパ音だった。

これは目覚まし時計を止めるまで鳴り続ける。

自己紹介の第一声では起きれないことがほとんどだった。何千回と聴いた「がんばれがんばれ!チャッチャララ~」が刷り込みのように残っているのだ。

 

私を励ました回数だけで言えばぶっちぎりの第一位がキティちゃんで、恐らくそれは破られることがない。

私は死ぬまで、がんばれがんばれ !チャッチャララ~チャッチャラ~と自分に言い続けるだろう。

 

サンリオ総選挙で毎年キティちゃんを応援せざるえないのは、頂いた励ましによる不可抗力だ。

幸福な記憶

 

レンジであたためて目にのせると良い、みたいなアイテムを貰ったことを思い出して使ってみた。名前がわからない。アイピローだったかな。

 

なかなか良いけれど、布団in即入眠の人間ではないので、効果がきれたらいつも通りの状態で眠らないとならないのが不満だ。(持続10分)

 

その点使い捨てのホットアイマスクは眠気を感じたら袋から取り出せば良いので、入眠しながら使用したい私のような人間にはその方がいいのかもしれない。

 

ホカホカのアイピローをのせていたら、子どもの頃風邪をひくと母が熱々の蒸しタオルで顔を拭いてくれたことを思い出した。

マメな母はレンジで作るなどはせず、都度お湯を沸かしてつくってくれていた。

これから二度と私はあそこまで熱心で丁寧な看病に安心して甘えるようなことはないのだろうなとふと思った。

 

いつもより随分と優しい声で母が私に体調を問い、顔を拭いて、布団をかけ直す。かけ直したあとで、布団がしっかり身体にくっつくように体重をかけてグッと押してくれた。その重さが嬉しく、安心した。

 

幸福な記憶だと思う。

アイピローの効果がきれる。ひえた塊となったアイピローを退ける。

私は幸福な子どもだった。そんなことを思った。

 

昨夜見た夢の話

昨夜見た夢。

 

スピッ○の草○さんが、スーパーでフィギュアスケートをしていた。

スーパーにあるスケートリンクとかではなく、普通に商品の並んでいる通路を滑っていた。

終わってレジに座ってる草○さんが、寒そうにしていたので私はブランケットを貸した。

その後私はすぐスーパーを後にしたが、草○さんと草○さんのお母さんが追いかけてきた。もう寒くはなさそうな様子だった。

お母さんは草○さんにそっくりだった。

二人は私のブランケットをなぜか貰う気らしく、替わりにハンカチをプレゼントしようとしてくれた。

受け取ろうとしたところで目が覚めた。

 

 

私はスピッ○のファンで、フィギュアスケートも好きでよく観る。

好きだから夢に見たと思われる。

しかしよくわからないのが、スーパーでスケートというところ。

さらに妙なのは、私は過去にスーパーでスケートを自分がする夢を2回くらい見ている。

 

同じようなシチュエーションの夢を何度も見るというのはよく聞く話だと思う。

なんでスーパーでスケートなのだろう。

どうせなら普通にスケートリンクで滑りたいし、滑ってる人を見たい。

 

もしかして同じような人がいるのでは…と思い検索したが、ヒットはなかった。

 

深層心理で、スーパーで美しく暴れまわりたいとでも思っているのだろうか。

 

 

眠りという娯楽

 

赤子の頃からとにかく眠る子だったそうだ。

大人になった今もよく寝ている。

休日は昼に起き、昼食を食べたらまた眠る。夜に起き、夕食を食べたら眠る。起きて入浴(ときに省略する)し、就寝だ。

仕事のある日は日中は起きている。睡魔に襲われる日もあるが、大体は普通に働けている。

眠りは私にとって娯楽だ。休日も本当はここまで眠らなくても大丈夫だ。

しかし娯楽なので繰り返してしまう。

 

そんな眠りライフに暗雲たちこめている。

部屋が寒い。

この家で迎える冬は初めてだ。暖房をつけても布団が暖まらない。

浅い眠りの日が続いている。寝ても寒さで身を固くしているせいか何度も目が覚める。

 

私から娯楽を奪わないでくれ、冬。

 

とりあえず客用の掛け布団をかけて(掛け布団二枚状態)様子を見ている。

明日は湯タンポを買いにいく。

流れていくだけの町

 

今日は実家から今の居住地へ移動した。

電車で、田舎から比較的都会への移動。

 

乗り物酔いをするので、電車が走る間は、眠るか、窓の外を見つめるしかない。

 

田んぼが地平線まで続く景色。

人間が立ち入ることを想定していない森。

見渡すかぎり人のいない道で一人大荷物を運ぶ若者。

 

電車の窓から眺めるのみで、今後きっと降り立つことはない風景がひたすら流れていく。

 

私のことを知らず、私もその町のことを知らない。

そんな場所に家が立ち並んでいるのを見ると心が穏やかになる。

 

私の行動や存在の一切影響しないところで、人々がきちんと生活している。

当たり前のことを、日々暮らしていると忘れる。

特に仕事をしていると、自分ほど人に迷惑をかけて生きている存在はないのではないかとかそんな狭い了見に囚われてしまうことが時折ある。

みんな私のことを疎ましく思っているのではないか、以前やらかしたあの間違いを恨まれているのではないか。

ダラダラと考えてしまう時がある。

 

大丈夫、私一人いなくても、世界は正常に動く。

大袈裟で、自意識過剰だとは思うが、狭い世界でじっと動けなくなったら、電車に乗ろうと思う。

 

私に関係のない町が私を生かすことを、覚えていたい。

思いついた瞬間に

 

元来の性格で、何かやってる最中に他のことが気になり、途中で切り上げてそれをやりだしてしまうことが多い。

そのため全体的に散漫なことが多い。

そして始動がとにかく遅い。

あれこれ考えてやる前のシミュレーションの時間が長い。

大体の場合、時間をさくわりにシミュレーションの精度が甘すぎるためその時間にはあまり意味がない。

 

もう、思いついた瞬間にやる。

それが良いのかもしれないと思った。

新年だから、何かを始めるには丁度いい。

 

思いついたのでブログを始める。