まだ寝てていいよ

思いついたことをテキトーに

単なる一人の人間と思って

 

若い女扱いが苦手だ。

苦手というか、傷つく。

現在の私はすごく若いわけでなく、人によってはもう若くないだろラインの年齢だ。

しかし、誰から見ても若いとされる頃から、若い女として扱われるとすごく心が消耗された。

なぜかはわからなかった。

 

消耗されることに気付いてから、私は私の女性らしさを消すようになった。

女だとばれてはいけない。

傷つけられてしまうから。

しかし誰の目から見ても私は女だ。

ばれるもなにも明らかに女だ。

 

ただ、それでも。

 

薄い化粧しかしない。

基本的にパンツしか履かない。

ヒールも履かない。

 

かといって、自分が男だとはもっと思わなかった。

じゃあ、私はなんなんだろう。

 

たまに気分転換に、甘めの色合いの、はっきりとした化粧をしてワンピースを着てみる。

女装だな、と思う。

女の物真似をしている何かだと思う。

 

日替わりで老若男女になれたらいいのにと思う。

皆そうなったら愉快だ。

 

 

二十歳の頃、一時だけ居酒屋でホールのバイトをしていた。

ほとんどのお客さんは普通に飲み食いして帰っていくだけだったが、一部の酔っ払った客に数回しょうもないセクハラ発言をされた。

セクハラ発言だけでなく、威圧的な態度をとられて怖い思いをしたこともあった。

一度、酔っ払った上客が帰る際に、別れのハグと称して抱きついてきた。

私の上司にあたる人もその場にいたが、別れのハグだしなって感じで、笑って見ていただけだった。

 

私の時給にはこういうことも含まれているのだから仕方ない。

そう解釈した。

 

どうして嫌な目にあうのかといえば、私が若い女だからだ。

もし私が屈強な見た目の中年男性だったら、こんな目には遭わなかった。

 

バイトは早々に辞めた。

それくらい日常茶飯事よ、と流せる人も沢山いるだろう。

それでも私は無理だったし、これを許容する自分になることが嫌だった。

 

 

「生物学上女です」という言い回しを揶揄するインターネット上の風潮があったが、私は未だにこれ以上ぴったりくる性別の自称方法がわからない。

生物学上は女だ。

この身体に違和感を抱いたことはなく、むしろ愛着もある。

 

だが、「あなたは女性ですか?」

と聞かれたらなんだか躊躇してしまう。

 

性別は、単なる雌雄を表すものじゃないことが多い。

社会的な役割がくっついてくることをいつの間にか私達は知っている。

 

でも、その役割ってなんなんだろう。

居酒屋の安い時給でセクハラを許すことなのか。

そんなわけないはずだ。

 

居酒屋で、酔っ払った客が廊下を歩きながら手を繋いできたことがあった。

「一緒に歩きましょうよ。」

ここで断って文句を言われても面倒だし、廊下はほんの数メートルの距離だから我慢しようと、手を繋いだまま歩いた。

「年いくつ?」

客が聞いてきた。

「いくつに見えますか?」

お決まりの返答を笑顔でした。

自分の振る舞いに内心ヘドが出そうだった。

「24、25かな~?」

「残念、20ですよ。」

私が答えた瞬間、その客は私の手をパッと離した。

「あっそうなの。娘と同い年だ。あはは。」

客は決まり悪そうに自分の席に戻っていった。

娘と同い年だから何だというんだ。

最後の最後で人間味を見せてくれるなよ。

やるなら最後まで嫌な客で居てくれ。

娘にできないことをするな。

私も誰かの娘なのだ。

 

 

それからバイトを変え、露骨なセクハラを受けるようなことはなくなった。

それでも、若い女じゃなければ遭わなくて済んだ嫌な目は無数にあった。

就職してからも同じだ。

酔っ払った客が繰り出してくる攻撃ほどはっきりした形ではない。

これは社会において性別年齢問わず誰でも受ける理不尽ですよ、というような見た目をしてやってくる。

叩き割ってみれば、それは結局酔った客がしていた攻撃と本質は同じものだった。

 

 

若い女に背負わされるものがあるように、若い男にも不当に背負わされるものがあるだろう。

中年世代にも、さらに上の世代にも、それぞれの理不尽があるだろう。

 

屈強な見た目の中年男性には、屈強な見た目の中年男性の苦しみがあるはずだ。

 

男らしく、女らしく、○才らしく、立場をわきまえて

 

はあ?っていう思いをいつからか明確に抱えるようになった。

私は怒っていたのだ。

ずっと。

セクハラが時給に含まれると諦めなければいけなかった自分も、そんなことを思い込ませた社会も。

 

性別も年齢も記号にすぎない。

私もあなたも、一人の人間だ。

 

それを無視され、記号を振りかざされたときに心が消耗する。

まだ足りなかったのか、と思う。

まだ女や若さを消す努力が足りなかったのか。

 

そんなことしないでいいはずだ。

私は好きな格好をしていい。

それなのに、どうしてこんなに怖いのだろう。

早く解放されたいと思っている。

どうすれば解放されたことになるんだろう。

 

 

ごくまれだが、私のことを好いてくれる男性が現れる。

好意を持ってくれたことを嬉しいと思う反面、居心地が悪い。

私を女性として好きだと言うからだ。

当たり前なのに、それを素直に受け入れられない。

女性らしく振る舞わないといけないと思い、できるだけそう振る舞うたび、嘘をついている気持ちになる。

これがずっと続くのかと思うとゾッとする。

私はこんな人間じゃない。

そう思って、可愛いと言われそうになったら、茶化すようなことをしたり、「可愛い」が相殺されるようなことを言ったりした。

私は女性ではないので、宜しくお願いします。

そんな気持ちを込めていた。

だが、それはそれで無理をしている状態で、結局上手くいかなくなる。

 

私はあなたと人間として恋がしたい。

恋愛においてそれは矛盾なのだろうか。

 

 

私は早く人間になりたい。

誰の目から見ても、人間になりたい。

若い女でなく、人間になりたい。