まだ寝てていいよ

思いついたことをテキトーに

きっと誰も知らない私

 

もう長いこと会えていない人のことを急に思い出す。

思い出す、というほど普段すっかり忘れているかというと嘘だ。

ふとした時にかなりの頻度で浮かぶ。

 

あの人と話したいな。

 

その人となぜ会わなくなったかというと、

私が一方的に関係を絶ったから。

でも、そうする随分前から、

会話が噛み合わなくなってきていたし、

今にして思えば多分もうその人は私のことをそんなに好きでもなかった。

 

恋人ではない、友人だ。

でもただの友人と呼ぶには、やや近づきすぎたような気もする。

だから関係がおかしくなった時に、うやむやにしてまた機会があったら!みたいなそういう距離の置き方ができなかった。

 

もう、あの人はいない。

いや全然生きてるはずだけど。

でも、もうあの人はいない。

私が会いたいあの人は、もう過去の中にしかいない。

 

それはとっくにわかっていた。

 

でも、なんだか急に耐えられなくなった。

新しい職場と家の途中、乗り換えで使う駅は偶然その人の職場のお店から近い。

今もその職場で働いているかは知らない。

 

会いたい。

 

改札を抜けて、小走りで帰宅ラッシュの混雑を駆けた。

 

わからない。

 

何が自分を突き動かしたのか。

そんなに会いたいなら、最初から縁なんて切らなきゃ良かったじゃないか。

最初から、もっと大切にすれば良かったじゃないか。

 

今会いに行って、どうする?

なんて話しかけるつもり?

居ても仕事中だ、迷惑すぎる。

そもそも長らく会ってない、一方的に関係を切ってきた人間が急に現れたら不気味でしかなくない?

 

結果から言えば、会えなかった。

お店は開いていたが、それらしい店員さんはいなかった。

もし今もここで働いてたとしても、シフト勤務で働いてるはずだし、店頭にいるとも限らない。

こんな突発的に来て会える確率はそんなに高くはなかっただろう。

でも、なぜか完全に会える気でいた。

 

なんとなく未練がましく、ノロノロとした足取りでまた駅に戻った。

道中もしかしたら、勤務を終えたその人と遭遇できるんじゃないか。

そう思っていつもより周囲に注意する。

 

けど、今その人がどんな髪型をしてるかも、どんな服を好んで着ているかも私は知らない。

手がかりは、背格好くらいだ。

人の多い都会の駅前だ。

似たような人は沢山いる。

この中にもし本当にあの人がいても、私は見つけられるだろうか。

昔なら見つけられたと思う。

似たような人は沢山いても、その人は一人だけだから。

でも多分、今の私は今のあの人を見つけられない。

 

あ、もう会えないんだ。

 

急にはっきりとわかった。

もう会えない。

 

なんだか、まだ心のどこかで偶然バッタリ会ってまた元の友人関係に戻れる気がしていた。

今の時間は、私たちの友人としての歴史のうちの疎遠期にすぎなくて、

いつか笑ってこの頃は全然会ってなかったよねーって言い合える。

 

そう今日まで、無意識に思っていた。

でも、違う。

もう会えない。

 

私が会いたいあの人はもういない。

私に会いたいと思うあの人ももういない。

 

交わりすぎて、よくわからないくらいに絡まっていたはずの関係が、

もうとっくに切り離されていた。

 

雑踏、無数の人間たちが、ぎゅうぎゅうに電車へ詰め込まれていく。

私もその中へ乗る。

こんなに沢山の人がいるのに、会いたい人はもういない。

 

思い出の亡霊となった私が、

過去の中で都合の良い妄想を随分長いこと続けてきただけだった。

 

でも、その人が私にとって、

かけがえのないたった一人の人だったことは変わらない。

それだけが本当のことで、

それだけは未来にも持っていこうと思う。

 

 

引越エトセトラ

 

仕事が決まり、都会へ引っ越すことになった。

引っ越す度に思うが、引越の大変さは半端じゃない。

大抵急に決まって、短期間で引っ越してきた人生だから余計大変なんだとは思う。

 

まず、あらゆる場所への電話地獄。

フリーダイアルは財布事情的にありがたいが、オペレーターに繋がるまでの時間の長さたるや。

それを数こなしているだけで1日終わる。

 

そして引越業者を探す。

引っ越しまで間がない場合は、引き受けてくれる業者を探すこと自体が難しかったりする。

繁忙期でもなく、そこまで荷物も多くないのに、マジかよって見積を飲むしかない場合もある。

以前は某黒い哺乳類宅配業者の引越サービスを利用していた。(知る限り一番安かった)

が、今は引越サービスを停止していた。

これは本当に痛手だった。

 

メインイベント・荷造り。

大変さは説明不要。

 

そんなこんなで、毎回荷物運び出し~搬入の辺りは体力的にも精神的にもギリギリの状態になる。

 

二度と!引っ越すまい!!

 

終わる度に強く決意している。

なのに、これでもう何回目の移動だろう。

 

新しい部屋での暮らしにはまだ慣れないが、愛していかなければならない。

自分の荷物を置いて、住みやすくしていくうちに少しずつ愛着は湧いてきた。

 

だが、今日。

過去の写真を見ていたら、前の自宅の室内の写真が目に入った。

入居時に、状態確認のため撮ったものだ。

引っ越した今は、もう要らない。

でも、その写真を見たとたん、切ないような気持ちで泣けてきた。

 

私はあの部屋を愛していた。

あの部屋での自分の暮らしを愛していた。

大抵散らかっていて、掃除も怠ってばかりだった。

もっと綺麗に住んであげられなくてごめん。

でも、あの場所での生活を、愛していた。

 

仕事はサッパリだった。

人間関係も拗れまくって、何も楽しくなかった。

もう二度と前の職場のことは思い出したくない。

でも、あの家のことは覚えていたいと思う。

あそこで、私は自分が仕事のために生きてるわけでない存在だということを思い出した。

 

お湯を沸かしてお茶を飲んで、好きなアニメを流して寝転ぶ時間。

ラジオを流しながら、洗濯物をバランスよく干せた時の、自分だけの達成感。

日付が変わるころ、どうにか米だけ朝に炊き上がるようセットして、さあやっと寝られるぞと安堵する瞬間。

大して美味しくはないけど、自分しか作れない自分のためだけの料理。

 

それまで、私にとって家とは、ただ休息をとる場所に過ぎなかった。

荒れ果てた部屋には度々虫も湧いた。異臭で不快になった。

そんな場所では休めないだろうと今は思うが、当時は全部どうでも良かった。

外で働く時間のために、自分の体はひとつの装置に過ぎなかった。

装置のメンテナンスに、そう時間をかけてはいられない。

眠れればそれでいい。ご飯はコンビニか外食で調達すればいい。飲み物なんて、自販機で買えばいい。

 

こないだまで住んでいた、あの部屋での私は、働くための装置でなく、私のための私だった。

あそこでの暮らしは、生活だった。

 

もう、装置にはならない。

生活をしていきたい。

新しい部屋のことも、立ち去るときには、愛していたよと言えたらいい。

そんな暮らしを、これからしていけたら。

 

不安と緊張が続く。新しい場所で。

ここを私の家にしたい。

 

長期的な特効薬はないが

 

薬の話ではないです。

 

相変わらず定職には就けていない。

短期バイトには就業しているので、無職とも自称できないが、限りなく無職に近いフリーターだろう。

 

バイト先で、普段何をしてるの?(学生・主婦など)と聞かれたが、何もしていないので困った。

無所属って感じだ。

社会的な属性がない。

それも気楽だと感じるが、この状態が続いていくことを私は背負えないとも思った。

 

そして何よりお金だ。

本当にまずい。

 

苦し紛れに宝くじに手を出したが、一瞬で千円位無駄にしただけだった。

 

ダメージがでかい。

元手0円で何かないか…

 

そこで、風水を調べた。

部屋を模様替えする。

平素、こういった占い関連の類いのものはあまり信じない。

だが、もうそんなこと言ってる場合でもない。

 

宗教や占いにはまってしまう人の心理を身をもって知った。

理論にかなう手段がもうとれないとき、説明できない、でかいパワーが人生の特効薬になってくれないだろうか。

藁にもすがる思いなんだ。

そう思う。

 

でも、わかっている。そんなものはない。

 

人生に特効薬はない。

地道にやってきたことや、たまたま重ねていた行為が思いがけない成果になることは確かにある。

それでも、突然訳もわからない力で全部上手くいくなんてことはない。

 

その逆で、突然訳もわからない力が全部台無しにしていくことは、残念ながら起きる。

それでも、やっていくしかない。

 

辛いなあ大変だなあ、と今まで何回も思ってきた。

今回の辛さは今まで経験しなかった種類の本格的な貧窮なので、対処がなかなかできずにいる。

まあ働くしかない。

 

人生に長期的な特効薬はない。

 

でも、そうやって辛さを感じても、好きなアイドルのライブ映像を再生したら、急に負の感情が全部どこかへ飛んでいった。

 

人生に単発の特効薬はある。

 

気休めなのかもしれない。

それでもいい。

というか、単発の特効薬が効いている瞬間のために私は生きているんじゃないかと思える。

日々の辛さも不安も、全てどこかへぶっ飛ばし、きらめきでいっぱいになる。

そんな瞬間を獲得できていれば、きっと大丈夫。

 

明日からも、どうにか生きていく。

 

少しだけ近い

 

ぐちゃぐちゃな気持ちになったとき、それをありのまま文章にするとわりと死にそうになる。

書き終わるとスッキリしたり整理できたりもするが。

刃物をぶっ刺して血だらけになりながら、毒を抜いてるみたいな感じ。

 

でも、できるだけ書いてはみても、本当に思ってることとは少しずれているように感じる。

だから言葉を重ねてみるが、それでも。

本当の本当に感じている、気持ちそのままを文章にするのは私には難しいことだ。

 

詩や短歌を書くことがある。

そういうぐちゃぐちゃな時に書くと、気持ちそのままを誰にでもわかるように書こうとした文章よりも、私の気持ちに近いものができる。

不思議だ。

誰にでもわかる言葉で、わかる文章で書いた方が事実に遠い。

今日に始まったことじゃない。

詩や日記は幼い頃から書いてきた。

ずっとそうなのが不思議。

 

血だらけになってる文章に対し詩などは、ぐちゃぐちゃで形も色もなんだかわからなかったものが、書くことで輪郭のある存在として出力される。

 

今日も今日とて、ぐちゃぐちゃだった。

仕事をしてた時はしてた時で度々ぐちゃぐちゃになっていたのに、辞めてもなってしまう。

私はずっとこうだ。

昔からいつでもどんな状況でも、ぐちゃぐちゃになりがち。

 

どうにか文章にしようと少し考えただけで、苦しくて嫌だった。

文章にすることで、私は自分をさらに卑下し断罪してしまう。

 

短歌を書いた。

なるほど、と落ち着いた。

私の今のぐちゃぐちゃが、短歌の形で現れた。

 

私の創作物が、金に繋がらないのはとっくにわかっている。

だが、そういうことじゃない。

金がどうとかじゃない。

そして需要もないことはわかっている。

でも、そんなことはどうでもいい。

私が私のために書く。

生きていくために。

 

底と空腹

 

金銭的余裕がもうないということに気付く。

時間が止まったような、視界が数段暗くなったような感覚。

 

どうしよう。

やば。

 

現実逃避で、ガスコンロの掃除をする。

油汚れはとても頑固だった。

 

空腹に気付き、とりあえずご飯とウインナーを食べた。

腹が膨れると多少気分が落ち着く。

 

眠いのと寒いのが、避けるべき二大ダメージだと思っているが、これに空腹も加えよう。

 

お金が無いのは最初からわかっていた。

仕事を辞める前からお金は無かった。

なのに、なぜか漠然と呑気にしていた。

 

そうは言っても、すぐにどうにかできる話ではない。

そして、今日明日で生活に困るという話ではない。あと何週間かは大丈夫だ。

一旦落ち着こう。

 

落ち着こう、と思っても、視界は暗いままだ。

床にぐにゃぐにゃと寝そべってしまう。

 

自分で選んだことによる結果だ。

なんとかするしかない。

今までも、なんとかしてきた。なんとかなってきた。

 

プリンとポテチを買った。

お金に悩んだ矢先に嗜好品のような食べ物に手を出すのはどうかとも思ったが、テンションを上げたかった。

 

食べる。

美味しかった。

なんか大丈夫そうな気になる。

 

自分で選んだことだと言っても、どうにもならないことの方が大半だ。

基本的に経済的な余裕があったことなど、生きてきてほぼ無い。

これは私が選んだことか?

 

入社した会社がそこそこブラックだったり、露骨にキツイ態度をとる上司がいるのは、私が選んだことか?

 

違う。

違うが、その環境をどうするか。

それだけはいつも可能な限り選択してきたような気がする。

 

自分で選んだことだと過剰に自ら首を締めるのも、

こんなはずじゃなかった!私は悪くない!と逃げ出すのも、

なんか違うよな~と思う。

 

ひとまず、冷静さを失っているので、今日は大きめの音量でテレビを流しながらさっさと眠る。

歩く

 

諸事情で、片道45分の道を徒歩で往復した。

無職で独り者なので、時間は惜しくなかった。

無職で独り者の利点は、時間を無駄遣いしても寛容でいられることかもしれない。

 

それにしても、暇だった。

歩くだけってのは暇だ。

散歩を時々するけれど、それはだいたい目的地へ行きながらする。

今回は、本当に歩いただけだった。

 

やりたいこと、やるべきことは沢山あるはずなのに、何もしていない。

きっとこのように、ダラダラと無為に過ごす時間を積み重ねていくうちに、私は老いていくのだろう。

そのことが、若い頃よりも明確に実感として焦燥感をもって迫ってくる。

 

口では色々とそれらしいことを言うのだけが得意になり、実際は何もしない。

恥ずかしいことだ。

多分私がそんな人間だってことは、どれだけ口で取り繕ってもバレている。

みっともないなあと思う。

 

 

道中、桜が咲いていた。

桜の木は故意か事故か、折れていた。

折れて倒れた幹から、枝分かれして綺麗な花が咲いていた。

桜はデリケートな植物だとネットで見たことがある。

だから無闇に触ったり枝を手折るような真似は厳禁だと。

なのに、折れた木から花が。

通行人は誰も気にせず通りすぎていく。

恐らく、日常的にこの道を通る人ばかりなのだろう。

見慣れた光景に、足を止める人はいない。

 

復路、膝がガクガクと笑い始めた。

日頃ろくに運動してないのだから、急にこんな長距離を歩けばこうなるのは当然だった。

来週から始まる短期のバイトは立ち仕事なので、この身体で果たして勤まるのか不安になった。

 

なんとなく弱気になっている。

これだけは!みたいな自信のあるものが一つでもあればいいのだろうが、そういうものを今日に至るまで獲得できなかった。

 

何もしないというタイプの暇な時間が苦手だ。無音も苦手だ。

暇で無音だと、延々この不安感について脳内で喋り続けなければならない。

頭の中がうるさい。

それを制するため、何か単純作業をしつつ動画やテレビを流す。

仕事をしてるときも、手が空くとすぐ脳内は大混戦で喧しい。

 

だから、ただ歩くという時間は、私にとって苦痛なことが多い。

 

疲労を引きずりながら、どうにか帰宅。

簡単に夕飯を作って食べた。

今日も何もできなかったな。

 

知人が、それだけ自分の時間があったらこういうことを自分ならする!と言っていた。

やりたいことが定まってる人は、輝いている。

 

私は昔から、なんだかんだと決断できず、どうにか決めても、いつまでもよそ見を繰り返してきた。

ここまでくると、こういう風にしかできないんだろうと諦めている。

 

決めたことをきっちりとやりきる人は格好いいと思う。

私が腹を決めて行動できる日なんて、生きてる間に来るんだろうか。

 

そうは言っても、これだけの距離を歩いてちゃんと帰ってきただけで、偉いと思う自分もいる。

無事に毎日をこなしてこれたことは、それだけで尊いことだ。

特別な何かがなくても、色々なことができなくても、ただ生き延びてきたこと自体に感動する。

それだけでいいのに。

なんでこんな風にずっと不安なんだろう。

 

書くことはない

 

書くことがない。

毎日何かを出力・発信するっていうのは、本当にそれだけで才能だと実感する。

 

一応、今日のことを書こう。

 

食い扶持のため短期バイトをすることにした。

バイト先は少し距離があるため、公共交通機関を利用する予定だ。

ちょうどシフトが通勤ラッシュとかぶりそうなので、どれほど混むのかチェックしておこうと思った。

仕事を辞めてから昼に起きる生活だったが、今日は早起きして家事をこなし、ラッシュの様子を見に行こう。

そう思って床についたのが昨夜のこと。

 

11時に起床。

まさか!と思ったが、11時だった。

 

仕方ないので、ラッシュを見るのはまた明日だ。今度こそ起床したい。

 

起きて、ミートソースパスタを食べる。

麺にかけるだけの市販ソースのものだ。

何か野菜を…と思い、気休めだが、セブンイレブンの冷凍揚ナスを入れて食べた。 

 

なんやかんやダラダラしていたら14時。

銀行へ用達に行く。

窓口の行員の方が穏やかかつテキパキとした対応をしてくれて、チップのひとつも渡したい気分であった。

 

食用品買い出しがてら、近所を散歩。

近所なのにあまり来たことがなかった大きな公園をぐるりと歩いた。

整備された花壇や噴水が目に楽しく、また来ようと思った。

 

花が綺麗だったので写真を撮ってみたが、全く綺麗に撮れなかった。

写真のセンスのなさにびびる。

カメラマンアシスタントの求人を思いつきで検討したことがあったが、見送って正解だった。

 

食用品を買いにスーパーへ。

マヨネーズが売り出してあったが、買うか迷う。

 

一人暮らしだと、よく置いてある大きさのものだとなかなか使いきるまで時間がかかる。

本来開封後のマヨネーズは、そんなに期間を置かずに使いきるべきものだと昔何かで見た。

なので、割高でも小さめのものを購入している。

売り出しのマヨネーズに、小さめサイズは無かった。

 

迷ったが、もう家のマヨネーズもあとわずかだったので、買った。

今後はもう少し使う頻度を上げてみようと思う。

 

食用品のついでに洗剤なども買おうかとウロウロしたが、ドラッグストアの割引券が家にあることを思い出す。

今度ドラッグストアに行こう。

 

卵がセール品として積まれていた。

このスーパーで卵がセールになったのを初めて見た。

普段より半額近い割引。思わず購入。

 

野菜は、水菜ともやしとキャベツを買った。

野菜は摂取した方がいいと思ってなるべく冷蔵庫に常備してるが、いつもだいたい同じような顔ぶれになってしまう。

包丁をあまり使わなくて済みそうで、味の主張が強くないものを買いがちだ。

たまには何か新しいメニューを開拓したい。

 

スーパーに来ると、甘いものはまあまた今度でいいかなと思い買わないことが多い。

今日もそうした。

 

帰宅し、早めの夕飯を食べ、眠くなったので仮眠をとった。

30分程度で起きるつもりが、アラームのスヌーズを酷使、2時間強寝た。

 

夕飯を食べたのに、空腹を感じた。

節約…と念じたが、空腹なのは良くないので、起きて何か食べようと台所を見る。

インスタントラーメンに卵を落として食べた。

 

満足。

しかし甘いものが食べたくなった。

なんでスーパーで買わなかったんだー!

この後悔を週に5回はする。

 

紅茶を飲んでなんとなくごまかす。

 

寝るには早いので、暇つぶしに昔使っていたノートを開いた。

今は全く描いてないが、昔はよく落書き程度にイラストを描いていた。

ささっと描いただけのイラストだったが、自分で描いただけあって好みの絵だった。

 

筆ペンでなぞってみた。

なぞるだけだけど、久しぶりの絵描き的な作業で楽しい。

久しぶりにしては、上手く手を動かせた。

 

水曜日だったことを思い出す。

匿名ラジオの更新日だ。

更新を待って布団に入った。

 

今に至る。